現在、金融緩和策による余った資金が、都心の不動産等に集中し、資産価格が上昇している。
価格が高くなると、それを狙った犯罪が起きるのは世の常。土地取引で詐欺を謀り、金銭を詐取するのが「地面師」である。
本書は、実在の事件をモデルにして書かれた小説であり、詐欺師たちの手口もうかがい知れる面白い小説であった。
1.本書を手にした理由
この小説は、2017年に起きた東京五反田にある旅館「海喜館」の土地売買取引をめぐって起こった詐欺事件をモデルにしたもの。
本屋で、集英社によるカラー版のチラシを手に取り、出版社もプッシュしているのなら面白いのでは?と思い読んでみた。
下記の「note」で冒頭部分が公開されている。
2.間違えて読んだ「地面師」(森功著)という本
実は本書と間違えて「地面師」(森功著、講談社)という本を先に読んだ。こちらはノンフィクションであり、「あれ、小説じゃないのか」と疑問を持ちながら読み終えてから、違う本だと気付いた。こちらの本では、複数の「地面師による詐欺事件」を丁寧な取材で、手口、背景を解き明かしている。冒頭の五反田での事件も取り上げられており、地面師の手口や事件の経緯を知ることができた。
小説「地面師」を読む上で、前提知識を得られたので、結果としては良かったと思う。
3.小説の感想
小説「地面師たち」は五反田での事件の犯人グループをモデルにしているようだ。それぞれの役割分担やキャラクター性などが面白い。また、騙される側である不動産会社の仕入れ担当部長の心理、状況についても、よく描かれており、自分にとっては犯人グループ以上に興味深かった。
いわゆる「理由(わけ)あり物件」に手を出さざるを得ない側にも、何か追い詰められた「理由(わけ)」があり、本作ではその設定もリアリティが感じられた。
主人公「拓海」は犯人グループの一員であるが、地面師に身をやつすに至るには「理由(わけ)」があり、裏社会に足を踏み入れてしまう人間の弱さもうまく描かれていた。
人間、誰しも生きている内に「理由(わけ)」ありの事情を持つようになる。事の大小があれど。
その「理由(わけ)」がある心理的側面に、一時的であれ強い圧力や特別な感情が入り込むような局面で、人は騙されてしまうのではないか。
通常の心理状態では「何か、おかしい」と常識で判断できるのだが、慣れない心理局面で、事実が見えなくなり、判断を間違う。また、そういった連鎖により、本書の主人公のように犯罪に手を染めることになるのかもしれない。
人間のそのような側面を考えさせられた小説であった。なお、著者の筆運び、文体はテンポよく読んでいてストレスがなかった。他の作品も読んでみたい。
4.参考(モデルとなった事件について)
モデルとなったと思われる「五反田積水ハウス地面師事件」については以下のweb記事が参考になる。
↓「東京DEEP案内」というサイトによる記事。外見の写真もあり、昭和で時間が停まってしまったような雰囲気がよくわかる。
五反田に残る怪奇の旅館「海喜館」 - 東京DEEP案内
↓貴重な泊まった人によるブログ記事(後半部分)。内装、部屋も昭和にタイムスリップしたかのよう。都心にこんな建物が生き残っていたとは驚きである。
http://hanaiti.fc2web.com/060501.html